2017年7月22日土曜日

長崎原子爆弾で廃墟となった浦上天主堂を復興する資金の貸与の受けるためには、米国から負の遺跡の撤去を求められた。

長崎原子爆弾の爆心地の近隣であったカトリック教会の浦上天主堂は倒壊し廃墟となり、天主堂にいた信者の全員は爆死した。浦上キリスタン信徒によって約30年をかけてレンガを積み立てて1914年3月17日に建立できた。被爆後には信者がレンガの破片の後片付けをした。復興する資金を貸与には米国は負の遺跡の撤去を求められた。浦上天主堂の廃墟の一部を1958年7月11日に長崎市平和公園内に移設した。