Japan No Atomic Bomb (JNAB) 日本原爆禁止の会: 日本平和市民が原爆の悲惨な体験をした「日本思い出の原子爆弾」の真実を授けたい。日本原子爆弾の代弁者として多くの世界平和市民の心に送りたい。いつかの時代も、原子爆弾の加害者と被害者にされるのは市民です。原子爆弾を知らない世代の平和市民に「思い出の原爆」の真実を覚えてほしい。原爆と平和市民の真実を記録するブログには、その関心や意義だけではなく、JNAB の掲載に対する閲覧注意[NSFW]も慎重に留意してください。「思い出の原子爆弾」の真実は平和市民による原子爆弾禁止の真の抑止力となります。 Japan No Atomic Bomb (JNAB) 日本原爆禁止の会 japan.atomic.bomb@gmail.com https://sites.google.com/view/japanatomicbomb/ @Aug/6/2016, JNAB [NSFW: Not Safe For Work]
2017年2月20日月曜日
大本営は原子爆弾を特殊爆弾と、正義は挫けず見よ敵の残虐と発表する
大本営は1945年8月7日15時にB29が新型爆弾を8月6日に広島市に使用した事を発表した。1. 8月6日広島市は敵B29の少数機の攻撃により相当の被害を生じたり 2. 敵は攻撃に新型爆弾を使用せるものの如きも詳細目下調査中なり、と大本営は原子爆弾を新型爆弾と発表した。
2017年2月19日日曜日
2017年2月18日土曜日
第二目標地の小倉市から第三目標地の長崎市に当日の原爆投下が変更となる。
長崎原子爆弾となるファット・マンを搭載したB-29のボックス・カーは、第一目標地の広島原爆後から、第二目標地として小倉市を定めていた。1945年6月18日の下記の航空写真から爆心地を小倉市の造兵廠とした。造兵廠では武器や弾薬等の製造・設計・修理を貯蔵する軍事施設であった。1945年8月9日にテニアン島から離陸して、午前9時44分に小倉市の上空に到達した。しかし、8月8日に南7kmの八幡市への空襲のため、小倉市は霧や煙に覆われて目視投下が困難となった。次第に残余燃料が枯渇しため、10時30分に第三目標地である長崎市に急遽に変更した。一時的に目視投下が可能となり、ファット・マンを投下して11時2分に炸裂した。長崎市の予定爆心地の商業地域よりも、約3Kmも北西部の浦上地区に落下し炸裂した。
2017年2月17日金曜日
長崎原爆の機長の生還に広島原爆の機長が笑顔で出迎え
"Box Car"と呼称するB-29爆撃機が、"Fat Man"と呼称するプラトニウム型原子爆弾を長崎市に投下して1945年8月9日午前11時2分に炸裂した。"Box Car"を操縦していた機長のチャールズ・スウーィニー(Charles W. Sweenney)は、同日の夕方にテニアン島に帰還する。エノラ・ゲイ(Enola Gay)を操縦して"Little Boy"と呼称するウラニウム型原子爆弾を落下させたティベッツ(Paul Warfield Tibbets,Jr)から祝福の出迎えを受ける。左のスウィーニーと右のティベットが握手している。その後には両者ともに勲章を受賞して昇進して英雄の扱いをうけて、両者ともに生涯にわたり戦争終結のための原子爆弾の投下を正当化した。
2017年2月16日木曜日
2017年2月14日火曜日
長崎原爆となるファット・マンの後尾と先端に開発者と兵士の落書き
長崎原爆となる「ファット・マン」の製造の過程で、その尾翼に多数の開発者の名前等と落書きの記載が1945年6月26日に撮影された。
"Jone Kroes, Dwine Wisoonsin From N.Y. H Wein, H.P. Lemay Phom 1/c USN LT.(n) Tomlison USN LT(n) Jecy J.E. Millward PHOM 3/c USN, A Schmidt lot of Part. Heres to you! Art Josephs Chicago, D. Jtoco, Dr Salatin, Koester" などと記載されている(UCN: United State Navy, アメリカ海軍の略称)
さらに爆弾の先頭部にも自分らの名前とメーッセージを記載している。原爆を投下することを栄誉ある兵士の気取りをしている。この書き込みの写真は最高極秘情報として守秘された。
2017年2月12日日曜日
広島原爆のリトル・ボーイのスミソニアン展示の抗議と被災の削除
広島市に投下されたウラニウム型の原子爆弾であるリトル・ボーイのレプリカの複製である。原子爆弾の資料から原型の細部にわたる型と色彩を再現したレプリカである。写真中央には、起爆安全装置である橙色の安全プラグが装填されている。リトル・ボーイのレプリカは、ダレス空港脇にあるスミソニアン航空宇宙博物館に展示している。博物館の別館には、リトル・ボーイを投下したエノラ・ゲイのB-29爆撃機も展示された。1995年にアメリカ軍の退役軍人団体がエノラ・ゲイの展示に抗議され、その展示は頓挫した。2003年にアメリカ軍の広島原爆の正当性に疑義を起こす被災や歴史資料は削除されて別館で展示している。長崎原爆を投下したボックス・カーのB-29爆撃機は、オハイオ州のデイトン空軍博物館で長崎原爆のファット・マンとともに展示されている。
2017年2月11日土曜日
原子爆弾と原子力発電の主流となる長崎原爆のプルトニウム核分裂
長崎原爆が投下されて1945年8月9日午前11時2分にプルトニウム型の原子爆弾が炸裂した直後の連続写真である。核分裂は、プルトニウム(Pu)の原子核が崩壊した不安定核が分裂してより軽い元素を発生する過程である。原子爆弾の周囲の爆薬が破裂して、プルトニウムが一気に圧縮されて、一挙に放出された中性子線を吸収してが一挙に核分裂の連鎖反応が起こる。その核分裂の威力は、TNT爆弾として22000トンに相当した。大気圏内で核分裂を繰り返し、発生した殺傷能力は、熱線が35%、爆風が50%、15%が放射能であると推定された。核分裂は一部であり、残存して放射能を発生するプルトニウム5トンは長崎市内に散布された。早い爆発と遅い爆発の到達点を一致させ、中心部を強力に圧縮する爆発波を生起する32面体の球状のファット・マン型がマンハッタン計画で難産された。世界の原子力発電は,核分裂を起こし生成が最も確実なプルトニウムを利用したプルサーマルを着実に推進している。
2017年2月9日木曜日
世界初の大型爆弾であると広島原爆を通報する米国新聞
ニューヨーク・タイムズは、第2次世界大戦中にクロスワード・パズルを掲載したアメリカ合衆国の絶大な影響力のある新聞である。政府による一定の介入を求めるリベラル派であり、連合国による戦後秩序の正当性を主張している。1945年8月6日の広島原爆について、1945年8月7日の朝刊で8月6日の広島原爆をトップ・ニュースで掲載している。
2017年2月7日火曜日
2017年2月6日月曜日
2017年2月5日日曜日
2017年2月3日金曜日
2017年2月2日木曜日
2017年2月1日水曜日
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