連合国総司令部GHQは終戦直後の「言論及び新聞の自由に関する覚書」で原子爆弾等を検閲して極秘とした。
日本は1945年8月15日にポツダム宣言を受諾した昭和天皇の詔書の玉音で正式に降伏した。米軍は8月28日には連合国総司令部(GHQ)を設置した。9月2日にミズーリー号で正式に降伏文書を署名した。その直後に9月6日午後11時からアンソニー・ウェラーは初めて欧米市民として原子爆弾を鹿屋空港から長崎市で取材ができた。GHQは9月10日の「言論及び新聞の自由に関する覚書」で日本全域を完全に報道制限をした。9月9日午前1時まで取材した約10,000語による全ての記事と資料がGHQにより検閲と没収された。